固体表面
数十個以下の原子・分子から成る物質集団「クラスター」に固有な特性の中で、特に1 nm以下の極小空間(サブナノ空間)に電荷やエネルギーを高密度に蓄積できる点に着目し、新概念に基づく機能性物質の創生を目指しています。例えば、金属原子で構成されたクラスターを半導体表面に結合させてショットキー障壁接合を形成し、それらのサブナノ空間ヘテロ界面に負電荷を蓄積できました。さらに、電荷蓄積場から高い酸化還元触媒機能を引き出しました。
一方、クラスターを固体表面に衝突させて、クラスターや固体表面表層を10フェムト秒の短時間で圧縮することにより、サブナノ空間にエネルギーと原子分子を集中させることができました。これを利用して、分子をくさびのように他の分子の化学結合に打ち込んで切断したり、直径1 nm程度の円柱クレーターなどのサブナノ構造体を固体表面上に構築できました。
このような特性を生かして、触媒・光電素子・光電気材料などのクラスター機能性物質の合成指針確立へ向けて研究を展開しています。
サブナノ空間電荷蓄積場による新機能創生
電荷蓄積場に分子を置くと、分子への電荷移動や光吸収の確率が著しく高くなります(図1参照)。さらに、サイズが10程度のクラスターには高々1個の分子しか留まれないため、著しく高い分子選択性も期待できます。すなわち、高効率・高選択性を持つ熱・光触媒や光電素子などの新奇な機能性物質が創生できます。
図1: サブナノ空間電荷蓄積とその機能の概念図。シリコン基板に
白金クラスターを結合すると、両者間でショットキー障壁接合が起
こるため、クラスターから基板に移動した電子はクラスターと基板
のサブナノ界面(図中の薄青色のドーナツ部)に蓄積されます。こ
の電荷蓄積場には、触媒機能や光との相互作用に基づく高い機能が
期待できます。
決められた大きさのサブナノ空間に電荷を制御して蓄積するために、構成原子数(クラスターサイズ)を正確に定めたクラスターを基板に結合させて両者で電荷移動を起こしたり、電子供与性原子を一つずつクラスターに添加することでクラスターの電荷を制御しています。多元素金属クラスターを大量に生成するために、マグネトロンスパッタ源を用いた生成装置を自作したり、大きな質量まで分離できる質量選別装置を用いてサイズを揃えています[1]。また、クラスターイオンを低速で単結晶基板表面に衝突させてクラスターを基板に結合させる装置も自作しました。このようにして作成したクラスター試料を、走査型トンネル顕微鏡(STM)で観察することにより、原子配置や電荷蓄積場の空間分布・エネルギー準位をクラスターサイズの関数として高い空間分解能で精密に計測しています[2‐7]。
理論計算を行った結果[3]、例えば、サイズが40以下の白金クラスターは、白金が単原子層でシリコン表面に配列していることや、サイズが20以上では白金原子が最密充填されることを発見しました[1]。さらに、クラスターの中央部が正に、シリコン基板との界面が負に帯電したサブナノ空間二次元電荷分極を発見しました[4]。このクラスターは高い熱安定性も兼ね備えています[7]。
この白金クラスターに対して一酸化炭素の酸化触媒活性を測定した結果、バルク白金よりも低温から高い活性が発現することを発見しました[8,9]。さらに、電子供与体である銀を1原子添加しただけで、さらに触媒活性が高まることを突き止めました[9,10]。他にも、原子位置の精密測定のために走査型電子顕微鏡で観察したり、X線分光・回折による触媒動作中のクラスターの電子状態・形態変化計測も行っています。光機能を追求するために、フェムト秒レーザーを用いた分光装置も開発しています。
クラスター衝撃反応とサブナノ構造体の構築
クラスターを瞬間的に圧縮してエネルギーや分子の密度が著しく高い状態を作ると、新規な化学反応が創り出せます。新規化学反応の開拓と新規サブナノ構造体合成を目指して、クラスターを固体表面に高速で衝突させることにより、クラスター中心や固体表層のサブナノ空間に衝撃力を発生させる独特な手法[11]を考案し、その方法を用いて、生成物の種類や速度、基板表面に形成されたサブナノ構造体を観測しています。これら一連の実験と、分子動力学計算によるシミュレーションも行っております。
CO2に溶媒和されたハロゲン分子負イオン、I2-(CO2)NもしくはBr2-(CO2)N(N=1‐50)、をシリコン表面に100 eV程度のエネルギーで衝撃させると、ハロゲン分子の中点に溶媒和しているCO2がくさびのように打ち込まれて、ハロゲン分子の結合が切断できること発見しました[12,13]。この現象を「くさび効果」[12]と命名しました。その他にも、N3O3-(NO)N衝撃によるN3O3-の不均化反応の促進[14]、(CS2)N-衝撃でのS原子の逐次重合[15]、衝撃エネルギーの緩和過程[16,17]、クラスターから表面への電荷移動における多体効果[18]、低速でのクラスター解離過程[19]なども調べました。
一方、14 keVという高エネルギーで二酸化炭素クラスター正イオン、(CO2)N+(N=0‐25)を、グラファイト表面に衝撃させると、グラファイト表層の数原子層のみにエネルギーが集中し、円柱型やナス型クレーターなどのサブナノ構造体を基板表面に構築できることを発見しました[20]。これら特徴的な空孔を反応場やクラスターの捕獲サイトとして活用し、実用的な機能性物質へと展開しています。
参考文献
[1] H. Yasumatsu, T. Hayakawa, S. Koizumi and T. Kondow, J. Chem. Phys. 123, 124709 (2005).
[2] H. Yasumatsu, T. Hayakawa and T. Kondow, J. Chem. Phys. 124, 014701 (2006).
[3] H. Yasumatsu, P. Murugan and Y. Kawazoe, Phys. Stat. Solidi B, 6, 1193‐1198 (2012).
[4] H. Yasumatsu, T. Hayakawa and T. Kondow, Chem. Phys. Lett. 487, 279‐284 (2010).
[5] T. Hayakawa, H. Yasumatsu and T. Kondow, Euro. Phys. J. D 52, 95‐98 (2009).
[6] T. Hayakawa and H. Yasumatsu, J. Nanoparticle Res. 14, 1022 (2012).
[7] N. Fukui and H. Yasumatsu, submitted (2012).
[8] H. Yasumatsu, M. Fuyuki, T. Hayakawa and T. Kondow, J. Phys. Conference Series, 185, 012057 (2009).
[9] H. Yasumatsu, Euro. Phys. J. D, 63, 195‐200 (2011).
[10] H. Yasumatsu and N. Fukui, submitted (2012).
[11] H. Yasumatsu and T. Kondow, Reports on Progress in Physics, 66, 1783‐1832 (2003).
[12] H. Yasumatsu, A. Terasaki and T. Kondow, J. Chem. Phys. 106, 3806‐3812 (1997).
[13] U. Kalmbach, H. Yasumatsu, S. Koizumi, A. Terasaki and T. Kondow, J. Chem. Phys. 110, 7443‐7448 (1999).
[14] H. Yamaguchi, H. Yasumatsu and T. Kondow, Chem. Lett. 2001, 1166‐1167 (2001).
[15] S. Koizumi, H. Yasumatsu, S. Otani and T. Kondow, J. Phys. Chem. A 106, 267‐271 (2002).
[16] H. Yasumatsu, S. Koizumi, A. Terasaki and Tamotsu Kondow, J. Phys. Chem. A 102, 9581‐9585 (1998).
[17] H. Yasumatsu, S. Koizumi, A. Terasaki and T. Kondow, J. Chem. Phys. 105, 9509‐9514 (1996).
[18] H. Yasumatsu, A. Terasaki and T. Kondow, Int. J. Mass Spectrosc. Ion Proc. 174, 297‐303 (1998).
[19] S. Koizumi, H. Yasumatsu, S. Otani and T. Kondow, J. Chem. Phys. 121, 4833‐4838 (2004).
[20] H. Yasumatsu, Y. Yamaguchi and T. Kondow, Mol. Phys. 106, 509‐520 (2008). Erratum, 106, 1123‐1124 (2008).