化学反応

クラスター上での化学反応

エネルギー、触媒、電子工学、医学などの広い分野でナノ粒子やそれより小さいクラスターの応用が進みつつあります。触媒の分野では、高収率、高選択性という特長を持つ高機能触媒としての利用を目指して、固体表面担持や高分子保護下での金属クラスターの反応が研究されています。そこでは、粒径あるいは構成原子数や担体、保護分子に応じて反応性が著しく変化し、触媒性能を大きく左右することがわかってきています。これはクラスターの幾何構造や、その根底にある荷電状態をはじめとした電子構造の相違によるものと考えられます。このように複雑に要因が絡み合った触媒系を可能な限り単純な系に還元し、クラスター触媒の反応に関して基礎となる解釈を与え、触媒設計に生かす目的で、我々は気相中で孤立した金属クラスター反応の研究を進めています。

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2つの反応室を備えたタンデム型質量分析装置を用いて実験を行っています。イオンスパッタリング法を用いて金属クラスターを生成し、引き出し電極の極性を切り換えて、クラスター正イオンまたは負イオンを抽出します。第1反応室内でヘリウム気体と衝突させてクラスターを室温程度に冷却します。また、この反応室に反応分子を導入することによって分子吸着金属クラスターを生成することもできます。四重極質量選別器を用いて特定のサイズや組成の金属クラスターイオンを選別し、第2反応室中で反応分子と衝突させます。生成したイオンを別の四重極質量分析器で質量分析し、絶対反応断面積などを用いて反応を解析します。

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スパッタ室のターゲットホルダーには4枚の板状試料の取り付けが可能で(写真左)、異なる金属板を用いることで多成分金属クラスターを生成することができます。これまでに、アルミニウムやチタンを添加した銅クラスターや、バナジウムやコバルトを添加したロジウムクラスターの生成に成功しています。また、異種金属を添加することによって銅クラスターの一酸化窒素(NO)に対する反応性が大きく向上することを見出しました。これはNO還元触媒として銅クラスターが役立つ可能性を示唆する結果といえます。一酸化炭素(CO)の酸化反応やアンモニア(NH3)の活性化についても、触媒としてのクラスターの有用性を示す結果を得ています。

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(Selected Publications)
S. Hirabayashi and M. Ichihashi, "Ammonia dehydrogenation on cobalt cluster cations doped with niobium", Top. Catal. 61, 35-41 (2018).
DOI: 10.1007/s11244-017-0861-6

S. Hirabayashi and M. Ichihashi, "Effects of second-metal (Al, V, Co) doping on the NO reactivity of small rhodium cluster cations", J. Phys. Chem. A 121, 2545-2551 (2017).
DOI: 10.1021/acs.jpca.6b11613

S. Hirabayashi and M. Ichihashi, "Reactions of Ti- and V-doped Cu cluster cations with nitric oxide and oxygen: Size dependence and preferential NO adsorption", J. Phys. Chem. A 120, 1637-1643 (2016).
DOI:10.1021/acs.jpca.6b00206

S. Hirabayashi and M. Ichihashi, "Stability of aluminum-doped copper cluster cations and their reactivity toward NO and O2", J. Phys. Chem. A 119, 8557-8564 (2015).
DOI: 10.1021/acs.jpca.5b04018

S. Hirabayashi and M. Ichihashi, "NO decomposition activated by preadsorption of O2 onto copper cluster anions", J. Phys. Chem. C 119, 10850-10855 (2015).
DOI: 10.1021/jp510190e

S. Hirabayashi, Y. Kawazoe, and M. Ichihashi, "CO oxidation by copper cluster anions", Eur. Phys. J. D 67, 35 (2013).
DOI: 10.1140/epjd/e2012-30493-5


合流型クラスター-クラスター衝突 - 極低温クラスターの分光を目指して

合流型クラスター-クラスター衝突を用いた複合クラスターの生成法の開発に取り組んでいます。この手法を用いて、例えば、ヘリウムクラスターにサイズ選別した金属クラスターイオンを取り込ませることができるようになると、金属クラスターイオンを極低温まで冷却することが可能になり、高分解能で分光測定ができるようになります。また、複合クラスターからのヘリウム原子の脱離を検出することによって、赤外光解離スペクトルを高感度で測定できるようになります。この測定法を分子吸着金属クラスターイオンに対して用いることによって、金属クラスターイオン上での吸着分子の反応機構解明を目指しています。

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装置は、クラスターイオン生成部、中性クラスター生成部、合流型衝突部、赤外光解離分析部からなっています。
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この装置を用いて、アルゴンクラスターArNとコバルト2量体イオンCo2+をイオンガイド内に導入し、合流型衝突を行なわせたところ、Co2+Arn (n < 18)の生成が観測されました。Co2+とArNとが静電引力(電荷-誘起双極子相互作用)によって引き合うことによってCo2+ArNを生成し、余剰エネルギーをAr原子の蒸発によって消費して最終的にCo2+Arnが生成すると考えられます。図は衝突の相対速度による取り込み確率の変化を表しています。取り込み確率は、概ね相対速度に反比例して減少しており、Co2+とArNとが静電引力(電荷-誘起双極子相互作用)によって引き合うことによってCo2+ArNを生成していることをよく表しています。
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